本当のわたしたちはみんな大空のようにずっと広がりきって静まりきっています                                      本当のわたしたちはみんな大いなるひとつなる静寂なる存在です
     

みなさん、こんにちは。

さてさて、今日は子育てや教育における「危険の役割」と、
「中心につながる」というお話しをしたいと思います。


【危険は偉大な師である】

気候も良くなってきたことで、先日は家族で田舎に帰省しておりました。

そこで、毎年のことですが、子供達を連れて近所の山に登りました。

山道を歩いていると、ロッククライミングができそうな崖が出てきたりします。

そういう時はいつもそうなのですが、

「のん。この崖登ってみ!」

と言って、崖を登らせます。

なんでそんなことするのか? と言われると困りますが

あえて言うとすれば、そこに崖があるからです。冗談です(笑)。

『危険』というものが如何に人を育てるかを知っているからです。

子供達は「え~、登れるかな~?」などと言いながら、嬉しそうに登っていきます。
「おお~。やるやん。」と、おだてると更に得意気になって登っていきます(笑)。

子供は身体を使ったチャレンジが大好きですね。

そして登ったら当然今度は下りてくるわけですが

崖は登るのは簡単でも下りるのは怖いものです。

「あかん。怖い。あぁぁ。」と娘の足がすくみます。

崖を握りしめている手は自ずと力が入りプルプルと震えます。

生命の危機を感じてます。

「あぁ。助けて。」

弱気なことを言います。

「大丈夫や。自分で下りてみ。」と私は励まします。

「えぇ~」

娘は足で崖をさすりながら、足場になるとっかかりを探しています。

「そう。大丈夫や。落ちたら受け止めたる。」

「うぅぅ……。」

弱気な声を上げます。

「こっちを見るな! 自分でちゃんと察知するんや。行けるかどうか。
その足場で大丈夫かどうかは、のんしか分からん。自分の感覚を頼るんや。」

「……。」

意識が集中して感覚が研ぎ澄まされたのがわかります。

「そうや。自分の中の感覚を信じるんや。どうしたらええかは、のんの感覚が知ってる。」

「……。」

「そう。ええぞ。」

「……。」

一つ一つ足場を探り、体重をかけては強度を確認し、自分の力で下りてきます。

そして無事、地面に着地しました。

「そう! よくやった。ええぞ。安全かどうかは、のんの感覚が一番頼りになるからな。わかるか?」

「うん。」

誇らしそうな娘の顔に、父としても嬉しくなります。

山に登ってこういう体験をする度に、子供達がほんの短時間で頼もしく成長していくことに驚きます。
表情が凛として、動物的と言ってよいような覇気を発するのです。

それこそが危険に晒される中で教育することの力だと私は思っています。

父性的な教育の目指すところです。

そして、今回特にお伝えしたかったのは、こういった教育を通じて、
自分の中心とつながるサポートをすることがいかに大切か、ということです。


【中心とつながる教育、中心から離れる教育】

最初、崖を下りる恐怖を感じた時、娘は私を見て助けを求めました。

足をどこに置いて、手はどこを持ったら良いのか、客観的な指示を求めました。

でもそれをやってしまうと、判断や指示系統が私になり、
子供は自分の中心につながるのではなく、私につながることになります。子供は指示を待つ単なる肉体となります。

それでは彼女に生きる力を与えてあげられないのです。

私が教えたかったのは、危機を感じた時にも自分の中心とつながり、
自分のセンサーを信頼する力を養うことです。

それは危機にさらされた中でも自己一致感を保ち続けることとも言えます。

ブルース・リーに言わせると、「Don't think! Feel!」ですね(笑)。

敵と相対して死の恐怖の中にいても自分の中心とのつながりを切らないこと。

思考を捨てて感覚を信頼すること。これは武道の要諦です。

そしてこれは人生を生きる上でも大切な姿勢です。

自分の中心につながり、自分の感覚を信じて選択すること。

そして間違ったら修正することを通じて徐々に感覚の精度を高めていくこと。

その積み重ねによって、生きるセンスを高める。

その繰り返しによって自己信頼、つまり自信を深めていく。

それが自己成長の王道です。

逆に激しい指示出しによって、子供に中心から切り離されるメカニズムを与えてしまうと、
危機や緊張に瀕した瞬間に自分とのつながりが断ち切れて、
意識が周りに行き、中心を欠いたあたふたした動きをするようになってしまいます。

あなたも、そんな子を目にしたことはありませんか?

大切な本番になると、動きがちぐはぐになって力を発揮できない子を。

その子は決して能力が無いわけではありません。

自分の中心から切り離されて、持っている能力を統合して出力できなくなっているだけなのです。

【その声がけの意図はどちらか?】

つまり親としての関わりや教育にも、2種類の方向があります。

1つは、子供自身が自分の中心感覚につながること、そしてそこを信頼することをサポートする教育。

もう1つは、子供に自分の中心への信頼を損なわせ、外側(多くは大人)のメッセージに従うように方向付ける教育です。

前者は自己信頼という安定した土台の上に教育や経験が積み上がり、才能を上手に使える子供になっていきます。

後者は努力の割には自信が持てなくて、指示が無いと上手く力を発揮できなかったり、周りの目が気になる子供に育ちます。

同じかけ声をかけたとしても、それが子供が中心につながるためのサポートなのか、中心から切り離すサポートなのか。

そこを見ることが大切ですね。

大人側の意図によって言葉に乗るエネルギーが変わり、子供の無意識にかかる作用が変わります。

そしてやがては、その子の在り方が変わります。

とても大切なことなので、意識してみてくださいね。


~ 佐原幹春さんのメッセージ ~


両手を広げる子供




【2016/07/04 16:01】 | 大空からのメッセージ
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